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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)84号 判決

東京都千代田区岩本町1丁目6番3号

原告

佐藤道路株式会社

同代表者代表取締役

本間俊朗

同訴訟代理人弁護士

林吉彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

中嶋清

田中靖紘

関口博

須磨光夫

主文

特許庁が平成1年審判第4154号事件について平成4年2月5日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年5月10日、特許庁に対し、名称を「透水性セメントコンクリート構築物の製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)についての特許出願をし、同年特許願第80063号事件として係属したところ、平成1年1月13日、拒絶査定を受けたので、同年3月16日、特許庁に対して、この拒絶査定に対する審判を請求した。

特許庁は、同請求を、平成1年審判第4154号事件として審理したが、平成4年2月5日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし、その謄本は、同年3月25日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載のとおり)

セメントコンクリート混合物1m3あたり、300~400kgのポルトランドセメント、セメント1重量部に対して0.008~0.04重量部のバインダーと0.3~0.45重量部の水、およひ残部をなす10:90~15:85の重量比の砂と7号砕石よりなる骨材を混練し、得られた混合物を流しまたは注型し、そして硬化させる工程よりなることを特徴とする透水性セメントコンクリート構築物を製造する方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりのものと認める。

(2)  第1引用例の記載

特公昭56-38547号公報(以下「第1引用例」という。)には、路面用透水性コンクリートブロックの製造方法に関し、天然砕石(2.5~10m/m)100重量部にポルトランドセメント15~50重量部及び砂10~50重量部を混合してなる固練りセメント組成物を型枠内に装入し、加圧成型機により70~120kg/cm2の圧縮力を加え成型し、即時脱型することが記載されている(特許請求の範囲等参照)。

(3)  対比

〈1〉 一致点

本願発明でいう「7号砕石」は粒径5~2.5mmの砕石であり、その「残部」とは1790~2150kgで、その中、砂については179~323kgを、砕石については1520~1940kgを指示することは、本願明細書の記載より明らかであるから、本願発明と第1引用例記載の発明はともに、透水性コンクリート構築物の製造方法に関し、ポルトランドセメント、砂、7号砕石及び水を含むセメントコンクリート混練物を注型し、そして硬化させる工程よりなる点で軌を一にし、セメント、砂及び砕石の配合割合についても重複一致する。

〈2〉 相違点

「セメントコンクリート混練物」につき、(a)本願発明ではセメント1重量部に対して0.008~0.04重量部の「バインダー」を含有させているのに対し、第1引用例記載の発明ではそれが明らかでない点(以下「相違点1」という。)、(b)本願発明ではセメント1重量部に対して0.3~0.45重量部の水を用いているのに対し、第1引用例記載の発明はそれは明らかでない点(以下「相違点2」という。)で、相違する。

(4)  相違点の検討

〈1〉 相違点1について

「バインダー」とは、天然ゴム、合成ゴム(スチレン・ブタジェンゴム((SRB))、アクリロニトリル・ブタジェンゴム((NBR))等)、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂などの有機高分子化合物を意味し、これらは通常エマルジョンとして添加されること等、本願明細書の記載から明らかであるところ、天然ゴムラテックス、すなわち天然ゴムのエマルジョン、合成ゴムラテックス、アクリル系樹脂等の熱可塑性樹脂エマルジョン、エポキシ系樹脂等の熱硬化性樹脂エマルジョンなどの水性ポリマーディスパージョン(高分子混和剤)が、品質改善を目的として、セメントコンクリート及びモルタルに混和して用いられていることなどは、例えば、社団法人日本コンクリート工学協会編「コンクリート便覧」(昭和51年2月25日技報堂発行、252頁ないし255頁。以下「第2引用例」という。)に記載されているように既に周知であるから、その品質改善(例えば、曲げ強度や圧縮強度の改善等)を目的として、その「セメントコンクリート混練物」に「バインダー」を含有させる程度のことは、当業者であれば容易に考えることであり、その量的範囲も反復実験等により適宜設定しうるもので、この点に別途困難を伴うものとは認められない。

〈2〉相違点2について

セメントコンクリートやモルタルにおいて、水セメント比を30~45%程度にすることは既によく知られているから、その「セメントコンクリート混練物」において、水の量的範囲をセメント1重量部に対して0.3~0.45重量部とすることは当業者であれば反復実験等により適宜設定しえることといえる。

そして、本願発明のその「セメントコンクリート混練物」に「バインダー」を含有させること等による効果も予測される域を出るものでなく、格別優れているとも認められない。

(5)  まとめ

したがって、本願発明は第1、第2引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできない。

4  取消事由

(1)  審決の理由の要点(1)及び(2)、(3)〈1〉のうち、ポルトランドセメント、砂、7号砕石及び水を含むセメントコンクリート混練物の点で一致すること、(3)〈2〉は認める(但し、「第1引用例記載の発明はそれは明らかでない」旨の記載は「第1引用例に記載されたものはそれが何ら検討されていない」との趣旨である。)、その余は争う。

(2)  取消事由

〈1〉 一致点の誤認及び相違点の看過1(取消事由1)

審決は、「透水性コンクリート構築物の製造方法に関する」点で、本願発明と第1引用例記載の発明とは一致すると認定したが、誤りである。

本願発明は、アスファルトを素材とする限られた透水性舗装の分野に、初めてコンクリート素材の長所を生かして透水性舗装を実現したものである。

これに対して、第1引用例記載の発明は、ブロック(二次製品)の分野で透水性コンクリートを追求したものである。ブロック(二次製品)は、固定された型枠を使用し、その中にコンクリート混練物を注ぎ込み、これに遠心力・振動・圧力などの物理的力を使用する分野であり、硬化の工程という点で元来、舗装の分野とは技術を異にしている。したがって、ブロックを敷き並べて舗装面を作ることができるからといって、舗装面を作る透水性コンクリート構築物ということはできない。

よって、本願発明はコンクリート構築物の製造方法であるのに対し、第1引用例記載の発明は路面用ブロックの製造方法であり、両者は上記の点で相違する。

しかるに、審決は、上記相違点を看過した。

〈2〉 一致点の誤認及び相違点の看過2(取消事由2)

審決は、本願発明と第1引用例記載の発明は、ポルトランドセメント、砂、7号砕石及び水を含むセメントコンクリート混練物を注型し、そして硬化させる工程よりなる点で軌を一にする点で一致すると認定したが、誤りである。

本願発明は、その硬化の工程において、流し又は注型(フィニッシャーを用いて敷きならす)するが、第1引用例記載の発明は、加圧成型機を使用して70~120kg/cm2の加圧をするものであるから、両者はこの点で相違する。

しかるに、審決は、上記相違点を看過した。

〈3〉 相違点1についての判断の誤り(取消事由3)

審決は、「セメントコンクリート混練物」に「バインダー」を含有させる程度のことは、当業者であれば容易に考えることであり、その量的範囲も反復実験等により適宜設定しうるもので、この点に別途困難を伴うものとは認められないと判断したが、誤りである。

バインダーを添加することは従来技術(第2引用例)において知られていたが、その目的はただ強度を増すことにあるところ、バインダーを添加することによって透水性を高める作用があり、他の素材とともに、その分量を増減することによって透水性を増すという効能があるという新規な知見に基づいて、本願発明において、バインダーを添加したものであるから、本願発明の「セメントコンクリート混練物」に「バインダー」を含有させることは、当業者であれば容易に考えることではない。

〈4〉 相違点2についての判断の誤り(取消事由4)

審決は、セメントコンクリートやモルタルにおいて、水セメント比を30~45%程度にすることは既によく知られているから、その「セメントコンクリート混練物」において、水の量的範囲をセメント1重量部に対して0.3~0.45重量部とすることは当業者であれば反復実験等により適宜設定しえることといえると判断したが、誤りである。

本願発明における水の分量は、バインダーの分量その他の素材との配合バランスを吟味したことと相まって、透水性コンクリート舗装において、実効性ある強度と高い透水性を実現できるものであるから、水の量的範囲をセメント1重量部に対して0.3~0.45重量部とすることは当業者であれば反復実験等により適宜設定しえることではない。

〈5〉 顕著な作用効果の看過(取消事由5)

審決は、本願発明のその「セメントコンクリート混練物」に「バインダー」を含有させること等による効果も予測される域を出るものでなく、格別優れているとも認められないと判断したが、誤りである。

本願発明は、特許請求の範囲記載の構成を採用することにより、現場施工が可能な、10-1cm/secオーダーという高い透水係数を有する、自由な形状と大きさの透水性セメントコンクリートの構築物を製造することができるという、格別の作用効果を奏するところ、第1引用例記載の発明では、10-2cm/secオーダーの平凡な透水性を示すにすぎず、また、現場施工はできないし、自由な形状と大きさの舗装面を得ることはできないから、第1引用例記載の発明からは本願発明の上記のような作用効果は予測できるものではない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1、2及び3は認め、同4の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2(1)  被告の反論

〈1〉 取消事由1について

本願明細書の「本発明による透水性コンクリート構築物とは、歩道、駐車場または広場などにおける表土の上の舗装、更に水はけを良くするための表土下に構築される透水層、およびこれらのために用いられる成形ブロックなど、透水性が要求されるセメントコンクリート構築物一般を包含する。」(甲第2号証9頁16行ないし10頁1行)との記載によれば、本願発明の透水性コンクリート構築物には成形ブロックが含まれることは明らかである。

しかして、第1引用例記載の発明は、路面用透水性コンクリートブロックの製造方法に関するものであるから、審決の「透水性コンクリート構築物の製造方法に関する」点で、本願発明と第1引用例記載の発明とは一致するとの認定に誤りはない。

〈2〉 取消事由2について

第1引用例の「透水コンクリート製品に関しては、近年特に街路、公園等の緑化対策或は雨水などの浸透による地下水の確保等に新たな解決策の一つとして大きな役割を与えるものである。これら使用される透水性コンクリートブロックは従来、例えば、流し込みと称する製法にては、あらかじめ所定寸法の型枠(金型、木型等)内に原料モルタルを充填し、これに振動を与えながら型枠内のモルタルをつき固めるか、締固める方法で成型品の即時脱型は品物が連続性空隙を有する為もろく、成型破損或は不均一空隙を有する等問題があった。本発明は、加圧成型機を使用し、固練りセメント組成物を強力な圧縮力により、成型、即時脱型により量産し透水性コンクリートブロックを安価提供しようとするものである。」(甲第3号証1欄35行ないし2欄13行)との記載によれば、第1引用例記載の発明は、加圧することなく透水性コンクリートブロックを製造することによる問題点の解決を課題として、加圧成型する構成を採用したものである。本願発明の実施例と第1引用例の実施例とを比較すると、本願発明の実施例は、透水性が優れ、第1引用例の実施例は、曲げ強度が優れている。

以上によれば、本願発明が加圧成型の構成を採用しなかったのは、透水性を重視したからであって、これに対して、第1引用例記載の発明で加圧成型の構成を採用したのは、強度を重視したからである。したがって、成型時の加圧は、透水性と強度のどちらを重視するかにすぎないから、本質的な相違点とはならない。

仮に、加圧の点が相違点となるとしても、第1引用例の記載には、透水性コンクリートブロックの製造方法における課題は開示されており、その課題の解決において、透水性を重視すれば、加圧成型の構成を採用しないことは当業者にとって、容易に想到できることであるから、審決の結論に影響を及ぼすものではない。

〈3〉 取消事由3について

本願発明で用いられるバインダーは高分子混和剤として周知であるから、これを本願発明のように適用する点に格別困難を伴うものではない。

そして、その配合割合は、水の配合割合とともに、当業者であれば、試験を行なってみることにより適宜設定できることにすぎない。

本願明細書の「バインダーの量を、…0.015重量部より多くすると透水性が悪くなる」(甲第2号証7頁7行ないし9行)との記載によれば、バインダーの量が0.015重量部を越えると透水性が悪くなるにもかかわらず、本願発明の構成のバインダー量は、「0.008~0.04重量部」となっており、バインダーの添加が透水性を高めるとの原告の主張は失当である。

〈4〉 取消事由4について

上記のとおり、水の配合割合は、当業者であれば、試験を行なってみることにより適宜設定できることにすぎない。

〈5〉 取消事由5について

本願明細書の「本発明による透水性セメントコンクリート構築物では、10-1~10-4cm/secのオーダー、典型的には、10-1~10-3cm/secのオーダーの透水係数が得られる。」(甲第2号証10頁15行ないし18行)との記載から、本願発明による透水性セメントコンクリート構築物の透水係数は10-1~10-4cm/secのオーダーを含むところ、第1引用例の第1表では、実施例の透水係数は、最大で1.44×10-2最小で8.25×10-3であるから、上記の本願発明による透水性セメントコンクリート構築物の透水係数10-1~10-4cm/secのオーダーと大部分一致しており、透水性に関しては、本願発明の奏する効果と第1引用例記載の発明の奏する効果とは、格別の差異はない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。写しを原本とする書証については、原本の存在についても当事者間に争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由の要点中、(2)(第1引用例の記載)、(3)(対比)のうち、本願発明と第1引用例記載の発明は、ポルトランドセメント、砂、7号砕石及び水を含むセメントコンクリート混練物の点で一致すること、相違点1、2(但し、「第1引用例記載の発明はそれは明らかでない」旨の記載は「第1引用例に記載されたものはそれが何ら検討されていない」との趣旨である。)は、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証(平成3年8月30日付け手続補正書。同補正書の別紙明細書を以下「本願明細書」という。)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、次のとおりの記載があることが認められる。

「本発明は、透水性セメントコンクリート構築物の製造法に関する。」(明細書3頁6行、7行)

「近年、都市化の傾向が進むに従い、多方面にわたりその弊害が顕著になってきている。アスファルト舗装、コンクリート舗装、それに各種建築物による地表面の遮水もその一つであり、…、その解決は急務となっている。」(明細書3頁9行ないし19行)

「透水性を持っ舗装の出現が強く望まれ、従来、透水性アスファルトが知られている。しかし、透水性アスファルトは、透水性および含水性が劣ること、日照によってアスファルトが溶融して目詰まりし、透水性が悪化すること、強度の経年変化があること等のため必ずしも満足できるものではなかった。一方、セメントコンクリートを用いる透水性コンクリートについては、十分な透水性と強度とを兼ね備えるものを作ることができないとされ、従来、実用性のある透水性コンクリートは知られていない。」(明細書4頁1行ないし11行)

「本発明者は、セメントコンクリート構築物を透水性のものとし、かつ同時に実際の道路の路面として供用可能なものを得るべく鋭意研究の結果、特定の配合により作ったセメントコンクリート構築物が、優れた透水性と強度とを有し、強度および透水性の経年変化も極めて少ないことを見出し、本発明を完成した。」(明細書4頁12行ないし18行)

「本発明はセメントコンクリート混合物1m3あたり、300~400kgのポルトランドセメント、セメント1重量部に対して0.008~0.04重量部のバインダーと0.3~0.45重量部の水、および残部をなす10:90~15:85の重量比の砂と7号砕石よりなる骨材を混練し、得られた混合物を流しまたは注型し、そして硬化させる工程よりなることを特徴とする透水性セメントコンクリート構築物を製造する方法と提供する。」(明細書5頁3行ないし11行)

3  取消事由の検討

(1)  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過1)について

原告は、本願発明はコンクリート構梨物の製造万法であるのに対し、第1引用例記載の発明は路面用ブロックの製造方法である点で相違すると主張する。

本願明細書の発明の詳細な説明の項の、「本発明においてセメントコンクリート構築物とは、歩道、駐車場または広場などにおける表土の上の舗装、更に水はけを良くするために表土下に構築される透水層、およびこれらのために用いられる成形ブロックなど透水性が要求されるセメントコンクリート構築物一般を包含する。」(甲第2号証明細書9頁16行ないし10頁1行)との記載に徴すれば、本願発明のセメントコンクリート構築物には、歩道、駐車場または広場などにおける表土の下に構築される透水層のために用いられる成形ブロックが含まれると解される。

一方、甲第3号証(特公昭56-38547号公報、第1引用例)の「本発明は、天然砕石、人造砕石、砂等を原料とした固練りセメント組成物を加圧成型機により成型、即時脱型し連続空隙をもうけた透水性コンクリートブロックを能率よく生産することを目的とする。透水コンクリート製品に関しては、近年特に街路、公園等の緑化対策或は雨水などの浸透による地下水の確保等に新たな解決策の一つとして大きな役割を与えるものである。」(1欄30行ないし2欄1行)、「本発明は、加圧成型機を使用し固練りセメント組成物を強力な圧縮力により成型、即時脱型により量産し透水性コンクリートブロックを安価提供しようとするものである。」(2欄10行ないし13行)との記載に徴すれば、第1引用例記載の路面用透水性コンクリートブロックは、舗装や表土下の透水層形成のために用いることが意図されていると認められるから、上記本願明細書の記載中の成形ブロックに相当すると認められる。

したがって、第1引用例記載の路面用透水性コンクリートブロックは、本願発明の透水性セメントコンクリート構築物に含まれると解されるから、「透水性コンクリート構築物の製造方法に関する」点で、本願発明と第1引用例記載の発明とは一致するとの審決の認定に誤りはなく、原告のこの点についての主張は理由がない。

(2)  取消事由2(一致点の誤認及び相違点の看過2)について

本願発明と第1引用例記載の発明とは、ポルトランドセメント、砂、7号砕石及び水を含むセメントコンクリート混練物の点で一致することは、前記のとおり当事者間に争いがない。

本願明細書の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明は、特定の配合割合のセメント、バインダー、水及び骨材の混練物を流し又は注型し、そして硬化させて、透水性セメントコンクリートを製造する方法であるところ、第1引用例記載の発明も「固練りセメント組成物を型枠内に装入し、加圧成型機により70~120kg/cm2の圧縮力を加え成型し、即時脱型する」(甲第1号証3頁1行ないし3行)というものであり、「型枠内への装入」は前記「注型」のことであるから、両者は、セメントコンクリート混練物を注型し、そして硬化させる工程よりなる点で一致すると認められる。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲の記載では、成型時に加圧することは要件とされず、本願発明の製造法の具体化として、本願明細書の発明の詳細な説明の項に、「本発明による透水性セメントコンクリート構築物による舗装を施工する場合、一般的な設備を備えたコンクリートプラント中で、ポルトランドセメント、バインダー、水および骨材を混合し、トラックミキサーまたはダンプトラックで現場へ搬入しそして路盤または路床上にフィニッシャーによって所定の厚さおよび品質でかつ平坦に舗設する。」(甲第2号証明細書12頁4行ないし10行)と記載されていることが認められるが、上記記載中のフィニッシャーによる舗設とは、甲第5号証の1(本件審判手続における尋問書)及び2(本件審判手続における尋問回答書)によれば、バーフィーダによって送り込まれた透水性コンクリートを、タンパによって敷きならし締固め、さらにスクリード上に設置されたバイブレータの振動によって、透水性コンクリートの表面を滑らかにするとともに、これを再度締固めるものであって、スクリードの接地圧は概ね1kg/cm2程度、バイブレータの振動数は1,000c.p.m.~3,000c.p.m.程度である(甲第5号証の2、3頁)と認められる。

一方、第1引用例記載の発明は、前記のとおり、「加圧成型機により70~120kg/cm2の圧縮力を加え成型」(甲第1号証3頁2行、3行)するものであるところ、右加圧の意義については、第1引用例の、「透水性コンクリートブロックは従来、例えば流し込みと称する製法にては、あらかじめ所定寸法の型枠(金型、木型等)内に原料モルタルを充填し、これに振動を与えながら型枠内のモルタルをつき固めるか、締固める方法で成型品の即時脱型は品物が連続性空隙を有する為もろく、成型破損或いは不均一空隙を有する等問題があった。本発明は、加圧成型機を使用し固練りセメント組成物を強力な圧縮力により成型、即時脱型により量産し透水性コンクリートブロックを安価提供しようとするものである。」(甲第3号証2欄2行ないし13行)との記載によれば、第1引用例記載の発明においては、従来の混練物を注型し、つき固めるか、締固めるだけの製法による透水性コンクリートブロックのもろいという欠点を克服するために加圧をしているものであると認められるから、加圧は必須のものであり、注型工程と加圧工程とは不可分のものというべきである。

しかるに、審決は、「加圧成型機により70~120kg/cm2の圧縮力を加え成型」する構成について、本願発明と第1引用例記載の発明との対比において、相違点として摘示していない。

そして、前記のとおりの、本願発明における、タンパによる締固め、接地圧概ね1kg/cm2程度のスクリード及び振動数1,000c.p.m.~3,000c.p.m.程度のバイブレータによる再度の締固めからなる工程が第1引用例に記載された加圧成型機による70~120kg/cm2の圧縮力を加える工程に相当するものとは認められない。

以上のとおり、第1引用例記載の発明においては、注型後、加圧成型機を使用して70~120kg/cm2の加圧をするものであるのに対し、本願発明においては、かかる工程はないのであるから、両者はこの点において相違するものというべきである。。

被告は、本願発明が加圧成型の構成を採用しなかったのは、透水性を重視したからであって、これに対して、第1引用例記載の発明で加圧成型の構成を採用したのは、強度を重視したからであるので、成型時の加圧は、透水性と強度のどちらを重視するかにすぎないから、本質的な相違点とはならないと主張する。

しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明の項の、「本発明者は、セメントコンクリート構築物を透水性のものとし、かつ同時に実際の道路の路面として供用可能なものを得るべく鋭意研究の結果、特定の配合により作ったセメントコンクリート構築物が、優れた透水性と強度とを有し、強度および透水性の経年変化も極めて少ないことを見出し、本発明を完成した。」(甲第2号証明細書4頁12行ないし18行)との記載によれば、本願発明は、特定の配合により作ったセメントコンクリート混合物を用いることにより、優れた透水性と強度を得るようにする構成としたものであるのに対して、第1引用例記載の発明では、前記のとおり、加圧成型の構成を採用することにより、透水性コンクリートブロックのもろいという欠点を克服したものであるところ、セメントコンクリートの配合割合あるいは加圧成型といった課題解決の方法を異にすることによって、その製造される透水性セメントコンクリート構築物の透水性、強度の物性に差異があることは結局被告の自認するところであるから、加圧成型の工程の有無が、本質的なものではないといえないことは明らかである。したがって、被告の上記主張は採用できない。

よって、第1引用例記載の発明が、「加圧成型機により70~120kg/cm2の圧縮力を加え成型」するのに対し、本願発明では、このような工程がない点で相違するにもかかわらず、審決が、上記相違点を看過した結果、同相違点に対する判断を遺脱したもので、かかる判断の遺脱がその結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取消しを免れないというべきである。

もっとも、被告は、仮に、加圧の点が相違点となるとしても、第1引用例の記載には、透水性コンクリートブロックの製造方法における課題は開示されており、その課題の解決において、透水性を重視すれば、加圧成型の構成を採用しないことは当業者にとって、容易に想到できることであると主張するが、審決は、上記相違点について、加圧成型の構成を採用しないことは当業者にとって容易に想到できるか否かの点について判断を遺脱しているのであるから、その主張は採用できない。

なお、念のため、他の取消事由についても判断する。

(3)  取消事由3(相違点1についての判断の誤り)について

甲第4号証(社団法人日本コンクリート工学協会編「コンクリート便覧」技報堂昭和51年2月25日1版1刷発行、第2引用例)によれば、天然ゴムラテックス、すなわち天然ゴムのエマルジョン、合成ゴムラテックス、アクリル系樹脂等の熱可塑性樹脂エマルジョン、エポキシ系樹脂等の熱硬化性樹脂エマルジョンなどの水性ポリマーディスパージョン(高分子混和剤)が、品質改善(曲げ強度や圧縮強度の改善等)を目的として、セメントコンクリート及びモルタルに混和して用いられていることなどは、本願出願日(昭和58年5月10日)前、既に周知であったと認められる。

よって、品質改善(曲げ強度や圧縮強度の改善等)を目的として、そのセメントコンクリート混練物にバインダーを含有させる程度のことは、当業者であれば容易に考えることであり、その量的範囲も反復実験等により適宜設定し得るものであり、また、本願発明が透水性セメントコンクリート構築物の製造方法であるのであるから、透水性を損なわない量のバインダーの添加をするのは当然であり、審決の本願発明の相違点1に係る構成の点に別途困難を伴うものとは認められないとの判断に誤りはない。

もっとも、原告は、バインダーを添加することは従来技術(第2引用例)において知られていたが、その目的は、ただ強度を増すことにあるところ、バインダーを添加することによって透水性を高める作用があり、他の素材とともに、その分量を増減することによって透水性を増すという効能があるという新規な知見に基づいて、本願発明において、バインダーを添加したものであると主張する。

しかしながら、本願明細書には、透水性を向上させるためにバインダーを添加することを窺わせる記載はないのみならず、本願明細書の発明の詳細な説明の項の、「バィンダーの量は、セメント1重量部に対して0.008~0.04重量部、好ましくは0.015~0.03重量部である。バインダーの量を0.008重量部より少なくすると十分な強度が得られず、一方0.015重量部より多くすると透水性が悪くなるので、本発明においては、セメント1重量部あたり0.008~0.04重量部と定めた。ここでバインダーとは、コンクリート構築物において砂、砕石およびセメント相互間の付着力を増大させて十分な圧縮強度と曲げ強度を確保し、またセメントモルタルおよびセメントコンクリートの大きい乾燥収縮を減少させることを目的として従来これらのものに添加されていたポリマーを意味している。このバインダーとしては、例えば、天然または合成のゴム、例えばSBR(スチレンブタジエンゴム)またはNBR(ブタジエンアクリロニトリルゴム)、アクリル系樹脂、エポキシ樹脂などを用いることができ、これらのバインダーは、通常エマルジョンの形で添加される。この場合、上述のバインダーの量は、エマルジョン中のゴムまたは樹脂の固形分としての量である。例えば、市販されているSBR系ラテックスバインダーのJSRトマックスーパー(日本合成ゴム株式会社製:固形分45%のエマルジョン)を上述の範囲で用いると10~60%程度の曲げ強度の向上が得られるが、上述の範囲を越えて多量に用いると透水性が大幅に低下するので好ましくない。また、アクリル系バインダーのX-5142(エーシーアール株式会社製)を用いると60~90%の曲げ強度の向上が得られる。エポキシ系バインダーでは20~40%の曲げ強度の向上が得られるが、エポキシ系バインダーは作業性が一般によくないという欠点がある。」(甲第2号証明細書7頁5行ないし8頁17行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、本願発明でのバインダーの添加は透水性の増大のためよりはむしろ、従来のバインダー添加の目的と同じ強度増大を目的としており、多量に添加するときには透水性を損なうので、上限を設けたにすぎないものと認められる。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

なお、前掲甲第5号証の2(本件審判手続における尋問回答書)の第8図(14頁)によれば、総空隙率が一定(22、25、28%)の場合のバインダー含有量と透水係数との関係は、10kg/m3付近で透水係数が最大になり、それをピークにバインダー含有量が多くなっても少なくなっても透水係数が低下することが認められる。しかしながら、前記のとおり、本願明細書には、バインダーは、強度を増大することを目的として添加される旨記載されているのであるから、バインダー添加のある量までは透水性が増加することが審判手続の時点で明らかになったからといって、本願発明におけるバインダー添加の構成の採用の容易性の判断を左右するものとはいえない。

(4)  取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について

甲第31号証(セメントの常識 セメント協会 平成4年10月発行)によれば、セメントコンクリートの硬化のために必要な水セメント比は最低25~32%であり、通常は作業性のためにさらに水を10~30%加えること、水セメント比が小さい(25~32%に近い)ほど、硬化したコンクリートは強くて耐久的になる(30頁(2)配合と水セメント比の項)と認められる。そして、本願発明の「セメント1重量部に対して0.3~0.45重量部の水」の配合割合は、上記の水セメント比の範囲内であり、何ら格別のものではなく、当業者であれば反復実験等によめ適宜設定しえることであると認あられる(なお、上記甲第31号証は、本願出願後に刊行されたものであるが、セメント・コンクリートの使用の歴史((3頁ないし6頁))からみて同号証に記載された程度のことは、本願出願当時既に当業者の常識であったと認めて差し支えない。)。

原告は、本願発明における水の分量は、バインダーの分量その他の素材との配合バランスを吟味したことと相まって、透水性コンクリート舗装において、実効性ある強度と高い透水性を実現できるものであるから、水の量的範囲をセメント1重量部に対して0.3~0.45重量部とすることは当業者であれば反復実験等により適宜設定しえることではないと主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲記載の「セメントコンクリート混合物1m3あたり、300~400kgのポルトランドセメント、…残部をなす10:90~15:85の重量比の砂と7号砕石よりなる骨材を混練し、得られた混合物」におけるポルトランドセメント、砂、砕石の配合割合を、発明の詳細な説明の項の「砂の量は、一般的には、セメントコンクリート混合物1m3あたり、179~323kgである。7号砕石の量は、一般的には、1520~1940kgである。」(甲第2号証明細書9頁11行ないし15行)との記載を参考にして、7号砕石100重量部に対する割合に換算するとポルトランドセメント15~26重量部(7号砕石1520kgに対する300~400kgのポルトランドセメントの割合で計算すると19~26重量部、ポルトランドセメント7号砕石1940kgに対する300~400kgのポルトランドセメントの割合で計算すると15~20重量部)となり、砂11~17重量部(砂と砕石の重量比が10:90の場合は11重量部、15:85の場合は17重量部)となるから、第1引用例記載の発明の「天然砕石(2.5~10m/m)100重量部にポルトランドセメント15~50重量部及び砂10~50重量部を混合してなる固練りセメント組成物」(甲第1号証2頁18行ないし3頁1行)と、セメント、砂、砕石の配合割合について重複一致すると認められるものであり、前記(3)のとおり、バインダーの量的範囲も反復実験等により適宜設定し得るものであり、水の量も含めて、本願発明の配合バランスが格別のものであると認めることができないから、原告の上記主張は採用できない。

(5)  取消事由5(顕著な作用効果の看過)について

本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明による透水性セメントコンクリート構築物では10-1~10-4cm/secのオーダー、典型的には10-1~10-3cm/secのオーダーの透水係数が得られる。」(甲第2号証明細書10頁15行ないし18行)との記載があるが、一方、第1引用例記載の発明の実施例では3.11×10-2~4.05×10-3cm/secの透水係数が得られることが記載(3欄第1表)されており、10-2~10-3cm/secのオーダーの透水係数の透水性セメントコンクリート構築物を得ることができるという点では、両者は、重複しているから、本願発明による透水性セメントコンクリート構築物で得られる透水性は、第1引用例記載の発明によるものと比べて格別顕著なものとは認められない。

本願発明の強度及び曲げ強度については、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明の透水性セメントコンクリート構築物では、100~200kg/cm2(4週強度、20℃恒温水中養生)の圧縮強度および20~30kg/cm2(4週強度、20℃恒温水中養生)の曲げ強度が得られる。」(甲第2号証明細書11頁4行ないし8行)と記載されている。一方、第1引用例の3欄第1表には、曲げ強度のみが記載されているが、同表に記載された数値は本願明細書に記載された数値の単位が1平方センチメートル当たりとされているのに対して、単にkgとのみ表示されているので、両数値を比較することはできない。したがって、本願発明による透水性セメントコンクリート構築物の圧縮強度あるいは曲げ強度と第1引用例記載の発明によるそれとを比較することはできない。しかしながら、前記(2)のとおり、第1引用例記載の発明が、従来の混練物を注型し、つき固めるか、締固めるだけの製法による透水性コンクリートブロックのもろいという欠点を克服するために加圧をしているものであるから、加圧をしない本願発明による透水性セメントコンクリート構築物が、強度の点では、第1引用例記載の発明によるそれと比べて格別優れているものとは認められない。

したがって、審決の、本願発明のその「セメントコンクリート混練物」に「バインダー」を含有させること等による効果も予測される域を出るものでなく、格別優れているとも認められないとの判断に誤りはない。

もっとも、原告は、10-1cm/secオーダーという高い透水係数を得ることができることが格別の効果であると主張するが、上記のとおり、本願発明によるもので得られる透水係数のオーダーが、第1引用例記載の発明によるもので得られる透水係数のオーダーと重複する限り、本願発明が奏する作用効果が第1引用例記載の発明のそれと比べて格別のものといえないことは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、本願発明が、現場施工が可能で、自由な形状と大きさの透水性セメントコンクリートの構築物を製造することができると主張するが、前記(1)のとおり、本願発明は成形ブロックを含むものであるから、成形ブロック以外の実施例の奏する効果をもって、本願発明全体の効果の顕著性を論ずることは失当である。

4  以上のとおり、原告の取消事由1、3ないし5は理由がないが、同2は理由があると認められる。

よって、本訴請求は取消事由2の点において理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

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